2011年04月25日

maya's colum vol.16

―人を愛することで、時に傷つき、
時に誰かと共に生きることの喜びを得る。
そうして、そのかけがえのない人との避けることのできない別れを体験し・・・
私たちは、親や先祖たちが繰り返してきた「愛する」という営みの
末に、今、ここに確かに存在してるー


1997年。
小学生だった私は、当時大ヒットしていたKinki Kidsの『愛されるより愛したい』を聴きながら、
彼らの声やルックスはもちろん、何よりも「愛されるより愛したい本気(マジ)で〜」と
いうその歌詞に、キュンキュンしていた。(笑)
私の周りも恋愛に目覚めた女子たちばかり。
生意気ながらも「○○ちゃんは愛したい方?愛されたい方?」なんて話でいちいち盛り上がり、
クラスの男子にウザがられていた記憶がある。まさに青春真っ盛り。
そしてその影響からなのか、私は恋をする度に相手を愛したい願望が強かったように思う。

―時は流れ、当時の想像を遥かに超えた幸せや痛み、恋愛の面白さ
や辛さを充分に経験したであろう社会人となった私。過去の自分を振り返り、思うことはただ一つ。

「愛されるより愛したい」って、超、忍耐力必要じゃん!(涙)」


そう。聞こえはとても素敵だけど、愛し続けるって、大変なのだ。
片想いなら、その気持ちを楽しさのパワーへと変えて、上手くコントロール出来るかも知れない。
だけど、恋人同士の場合はそうもいかない。

「ねぇ、私、これだけ愛してるんだから、アナタも愛してくれても
いいじゃない!どうして?ねぇ、好きって言って?!」
と、言いたくなる。

そしてその五分後には、
「もうやーめた!なんて、言えたらどんなに楽か…」なんて、思っていたりする。(矛盾しているのは自分が一番良く分かっているものだ(笑))

愛されるより愛したいとは言え、もちろん、愛されたくない訳ではない。
自分が愛したなら、愛されたい。
それも、できるなら、ずっと。

私がそれほどに矛盾してしまうのも理由がある。
自分が愛した事によって実った大切な恋愛が、
人を心から愛することへの怖れを超える勇気をくれる気がしてならないからだ。

―あぁ、なんて恋愛って難しいんだろ。
愛されているだけじゃその気持ちが重くなってしまったり、
愛しているだけでは一方通行に疲れてしまったり。
悩みは尽きないし、一生の課題とさえ思うほど。
でも、どんなに辛くても、人を愛することは無意味な事だなんて、どうしても思えない。

私自身、愛することには意味があると思っている。
愛することは人を磨き、変え、成長させてくれる。
そしてその美しさは、人間の美しさの中で最高のものとまで思う。

自分への見返りを求めない愛ほど、それが純化されるというか。。。
無償の愛、あえて相手からの見返りの可能性を絶つ、美しさ。私はその美しさを信じてる。

もちろん、その愛が成就してはいけないと言っているのではなく、
まず自分の中でそういう愛ができ、磨き上げた者同士が出会い、その気持ちを共鳴させることが、
私の考える理想の姿、ということ。

『愛すること』
それはけっして無意味なんかじゃない。

たとえ、おとぎ話のように「ずっと」や「永遠」が叶えられなくとも。

どんな方法を使ったとしても、愛情の大きさって測れないし、愛情
表現の仕方は人それぞれ。難しいことを考えず、お互いが打算なん
かなしに「心から大切に思い合えること」が一番幸せなことかもね。

********************

そして、最後に。

当たり前のように毎日を過ごしていると、忘れがちな感謝の気持ち。
家族、恋人、友達、自分の周りにいて、支えてくれている人たちへ
の「ありがとう」を伝えられていますか?

もしも今、貴方に逢いたいと思う人がいるのなら、逢いに行ってほしい。

逢えないのなら、電話でもメールでもいい。
手紙でもいい。「愛してる」と、伝えてください。

―人を愛するということ。

広く、美しい空の下。

今日も大切な人を想い、未来におびえず一瞬一瞬を大切に生きていきましょう。
posted by maya at 00:00| コラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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