2011年06月25日

maya's colum vol.18

10代の頃、私は純粋に愛に飢えていたんじゃないかと思う。
当時の日記帳を見ると唖然とするほど、そこに並べられた文章は病んでいるうえに、
単純に、恋愛に不器用な自分がいる。(人は簡単に変われないってこういう事ね・・・。笑)

私がこの連載を始めたのは、約1年半前。
結婚を前提に付き合っていた人との別れを経験し、運命を直感した大恋愛の真っ最中だった。

「きっと私の欲しいものは全部ここにあるはず。」

その恋愛は私にとってキラキラと輝く宝箱のようなもの。だからこそ、大切に大切に守っていた。
だけれど、人生はそんなに上手くいくはずもなく、私の想いとは裏腹に大きな悲しみだけを残して終わりを告げた。私の胸は張り裂けた。

『ほんとの自分はボロボロに傷ついているのに、恋愛の楽しさや人を愛する喜びなんて書けない。』

〆切が近づいてもパソコンに向かう事さえ出来ず苦しみの渦中に溺れていた。
そんな私を救ってくれたのは、愛しき女友達。

「恋愛は楽しい事だけじゃないのも理解した上で書く事に意味があるんじゃない?私はmayaの文章に助けられたうちの一人だよ。」

その一言があったからこそ、今もこうして自分と向き合う事が出来てるし、
書き続けようと思えた私の支え。

私が出した答えは、私のように恋に悩んでいる人たちへ、「一人じゃないよ。」と想いを込め、
この連載をフィルターに伝えることだった。

恋愛に不器用な自分だからこそ、恋愛で悩む人の気持ちが痛いほど共感できる。
自身の経験をベースにし、これを読んで同じような状況にいる人の背中を、ほんの少しでも後押し出来れば、自分の経験が無駄ではなかったと思えるし、受け取ってくれた人の「ありがとう」から過去の自分が救われる気がするんだ。

恋愛に上手くいっていない人生を歩んできたからこそ、
自信を失って、一歩踏み出せずにいる人のきっかけ作りになれるかもしれない。

もちろん私には、「恋愛の効果的なテクニック」や、「モテの法則」のようなものを伝授出来るほどの力量は全くもって、ない。(笑)人生の先輩方からしたらまだ若いと言われる年齢だし、恋愛も人生も修行中の身。
今も10代の頃と変わらず、恋をする度に自分に自信がない為に言い訳をして恋愛に臆病になったりするし、不器用故に、もう涙は出ないんじゃないかという程に辛く、悲しい思いをする事も沢山ある。

でも、あの時友達が言ってくれた言葉が自分の中で大きな支えとなり、それが勇気となり、諦めずに努力できている。

私は多くの出逢いによって生きる知恵を学び、随所で実践し、経験を積む事で自信のなかった自分が少しずつ変わっていくのを実感しているのだ。

たかが23歳の私なんかに誰か一人の人生を変えるほどの力がないのは百も承知。
でも、過去の私が他でもない第三者の支えによって救ってもらえたように、
今を見失っている人の未来作りになれたら・・・そんなにも嬉しい事はないよ。


愛はキレイなだけのものじゃない事も分かってる。

でも、どうしても、愛を諦める事が出来ない。

その気持ちってきっと私だけじゃないでしょ?



*******

2011年6月現在、この連載は18回目を迎える。これまでの過程を通して、私は新たに気づき始めたことがある。
それは恋愛とは人生のアドバイスと言い換えても過言ではないという共通点。
そして、色んな相談や声を聴く中で、抱えている苦しみの形は微妙に異なっても、悩みの本質は近いものがある気がするということ。

恋愛の話とは、人間の一番素直で綺麗な部分や喜怒哀楽がもっとも端的に伝わってくるものだし、愛情の対象は、単に男女間だけでなく、生きとし生けるもの全てに当てはまる。恋愛が人と人とのコミュニケーションが基本となっている以上、人間関係特有の難しさは、生きて行く上で関わる多くの人間関係において共通するものがある。

自分を見失っている時や生きる気力が喪失している自分の根本には、どんなケースにおいてもそこに”愛”が欠けているからかもしれない。

恋愛=生きるエネルギーと言っても過言ではないと思う。

今後は、それも踏まえた上でコラムの趣旨も、人生において必ず直面する幾多の試練に立ち向かうためのメッセージも意識的に込めて書きたいと思ってる。
実際に体験した物語を書くことで、人生と恋愛に共通する何かを感じ取ってくれる人がいたら、嬉しい。

「大丈夫。苦しんでいるのは一人じゃないよ。私が応援してるよ。」

そんな私のメッセージがコラムを通してみなさんの心に響く事が私の願い。
哀しみの“今”に一筋の光が見いだせて、希望を導き出してくれたら私は心から幸せです。(これからも私の赤裸々な過去の体験談も綴られるかもしれないけどね!笑)


大切な誰かを想うから持てる強さと、誰かに想われているからこそ持てる強さ。
心で見つめ合い、人と向かいあう事を恐れない。
そんなPOWERを持つ同士たちに、私からのメッセージを送ります。
JUST ONE LOVE.
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2011年05月25日

maya's colum vol.17

自分の愛する人が、ある日突然目の前からいなくなってしまう事なんて、
一体誰が想像するだろう。
失ってはじめて分かる存在の大きさや愛しさに、悲しみ。
大切な人を失った今、もう生きている意味はないとまで思ってしまう。
同じ場所にいきたい。
もう1度寄り添いたい。
言葉を交わしたい・・・。
どんなに溢れても、尽きることのない涙。
叫んでも叫んでも枯れ果てることのない嗚咽。
いくつの夜を絶望の渦の中で重ねたことだろう。
そんな貴方へ届きますように・・・。


「まだ現実受け止められなくて・・・。
彼がいなくなって、仕事も手につかないし、生きてる心地もしないの。
まだ沢山伝えたい事沢山あった、謝らなきゃいけない事も沢山、沢山あって・・・。」

げっそりした体に、荒れた肌。泣きじゃくる女友達を前に、ただひたすら頷いて、
手を繋ぐ事しか出来ない自分を、無力だと思った。

2007年、桜も咲き始めた、春の出来事。
絶対に会ってほしい、と言われていた彼にやっと会えたのは、彼のお葬式でだった。
突然の、バイク事故のニュース。
私の大切な人の、大切な人が亡くなった。

「彼ね、もうすぐ誕生日だったの。私の誕生日の時にはサプライズ
で祝ってくれたから、私も一生心に残るようなお祝いしてあげよ
う、って決めてたの。
…それなのに私の未来からいなくなっちゃった。
もう待ち合わせも出来ないし、ケンカも出来ない。今になって後悔
する事ばっかりで。
私、今でもこんなに愛してるのに・・・。」

崩れるように私の傍で泣き続ける友達の肩は震えていて、胸がちぎれそうになった。

―あの時もっと素直になれてたら。
あの時ちゃんと、
愛してるって伝えられてたら・・・
泣きじゃくって、
もっとワガママ言えてたら・・・
貴方のいない世界なんて生きてる意味がないよ。―


色んな言葉が頭をよぎったけれど、どの言葉も口に出せずにいた私は彼女に手紙を書いた。

「ねぇ、ハニー?今の心の痛みは、彼を愛した証だと思う。悲しみ
が深いのは、愛情が深かった証。そしてハニーの心は、大切なその
人が還れる唯一のふるさとかもしれないね。だってその場所は2
人の絆がかよう永遠にぬくもりのある場所だから。そうだとした
ら、いつでも還って来れるように、心の中をあたたかく、居心地良
くしていなきゃいけないと思うの。涙でびしょびしょだと、流され
てしまうじゃない?
ねぇ、ハニー?私は、人の絆って永遠のものだと思う。疑わず、強
く願い、信じていれば、きっと心の中に大切な人の居場所が生まれ
るはず。そして、ハニーがこれから歩く人生をずっと見守り、応援
していてくれるはずだよ。信じてみない?彼のぬくもりが感じられ
るまで。
ゆっくりでいいから、歩き出そうよ、ぬくもりと共に・・・。
精一杯、2人分の人生を。」

どんな人も平等に1秒1秒進む時間。
一人の人間の一つの人生が幕を降ろした後、どんなに悲しんでも地球は変わらずに回り続け、
大きく広い空は果てしなく続いていて、
太陽は私たちを照らし、夜になれば月が輝く。
そして、そんな空の下には、まだ出会った事のない多くの人が確かに存在していて、
一生懸命に生きてる。
そして自分の目の前にある自分の人生は続いてく。

そう思うと、人間の儚さと人生の小ささを感じる。
人は、誰も、いつか、死ぬ。それは紛れもない事実。
けれどそのとき胸についた傷が、周りの人の大切さを、命の尊さを、改めて感じさせてくれる。
そして残された人たちの人生はそれでも続いてく。
その繰り返しが人類であり、人生なのかもしれないね。

私の手紙を読んだという女友達が連絡をくれたのは、手紙を送ってからちょうど1年後の春。

「仕事に復帰した」と話してくれた電話越しの彼女の声は震えていたし、泣いていた。
けど、その涙は、彼女が一生懸命生きる決心をした証だと思った。

ときに、涙は悲しい時だけでなく、嬉しいときにも流れ落ちるから。
感情が極まったときに現れる、人間の生の輝きとさえ思う。
生に触れたとき、生を喪ったとき、涙は流れ落ちる。

そして、最も人間らしい瞬間に涙は流れ落ちる。
彼女がそうであるように、生きて、生きて、生きているときに。

「困難にぶつかることよりも、人に裏切られることよりも、つらい
ことよりも、悲しいことよりも、苦しいことよりも、もっと恐ろし
いのは、あきらめてしまうこと。諦めてしまえば、そこで全てがお
わってしまうから。」

だから今、どんなに悲しみに心を塞いでも、決してあなたの人生をあきらめないでほしい。
命の尊さを、生きる事の幸せを、しっかりと噛み締めて、
明るく、笑って、精一杯生きてほしい。
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2011年04月25日

maya's colum vol.16

―人を愛することで、時に傷つき、
時に誰かと共に生きることの喜びを得る。
そうして、そのかけがえのない人との避けることのできない別れを体験し・・・
私たちは、親や先祖たちが繰り返してきた「愛する」という営みの
末に、今、ここに確かに存在してるー


1997年。
小学生だった私は、当時大ヒットしていたKinki Kidsの『愛されるより愛したい』を聴きながら、
彼らの声やルックスはもちろん、何よりも「愛されるより愛したい本気(マジ)で〜」と
いうその歌詞に、キュンキュンしていた。(笑)
私の周りも恋愛に目覚めた女子たちばかり。
生意気ながらも「○○ちゃんは愛したい方?愛されたい方?」なんて話でいちいち盛り上がり、
クラスの男子にウザがられていた記憶がある。まさに青春真っ盛り。
そしてその影響からなのか、私は恋をする度に相手を愛したい願望が強かったように思う。

―時は流れ、当時の想像を遥かに超えた幸せや痛み、恋愛の面白さ
や辛さを充分に経験したであろう社会人となった私。過去の自分を振り返り、思うことはただ一つ。

「愛されるより愛したい」って、超、忍耐力必要じゃん!(涙)」


そう。聞こえはとても素敵だけど、愛し続けるって、大変なのだ。
片想いなら、その気持ちを楽しさのパワーへと変えて、上手くコントロール出来るかも知れない。
だけど、恋人同士の場合はそうもいかない。

「ねぇ、私、これだけ愛してるんだから、アナタも愛してくれても
いいじゃない!どうして?ねぇ、好きって言って?!」
と、言いたくなる。

そしてその五分後には、
「もうやーめた!なんて、言えたらどんなに楽か…」なんて、思っていたりする。(矛盾しているのは自分が一番良く分かっているものだ(笑))

愛されるより愛したいとは言え、もちろん、愛されたくない訳ではない。
自分が愛したなら、愛されたい。
それも、できるなら、ずっと。

私がそれほどに矛盾してしまうのも理由がある。
自分が愛した事によって実った大切な恋愛が、
人を心から愛することへの怖れを超える勇気をくれる気がしてならないからだ。

―あぁ、なんて恋愛って難しいんだろ。
愛されているだけじゃその気持ちが重くなってしまったり、
愛しているだけでは一方通行に疲れてしまったり。
悩みは尽きないし、一生の課題とさえ思うほど。
でも、どんなに辛くても、人を愛することは無意味な事だなんて、どうしても思えない。

私自身、愛することには意味があると思っている。
愛することは人を磨き、変え、成長させてくれる。
そしてその美しさは、人間の美しさの中で最高のものとまで思う。

自分への見返りを求めない愛ほど、それが純化されるというか。。。
無償の愛、あえて相手からの見返りの可能性を絶つ、美しさ。私はその美しさを信じてる。

もちろん、その愛が成就してはいけないと言っているのではなく、
まず自分の中でそういう愛ができ、磨き上げた者同士が出会い、その気持ちを共鳴させることが、
私の考える理想の姿、ということ。

『愛すること』
それはけっして無意味なんかじゃない。

たとえ、おとぎ話のように「ずっと」や「永遠」が叶えられなくとも。

どんな方法を使ったとしても、愛情の大きさって測れないし、愛情
表現の仕方は人それぞれ。難しいことを考えず、お互いが打算なん
かなしに「心から大切に思い合えること」が一番幸せなことかもね。

********************

そして、最後に。

当たり前のように毎日を過ごしていると、忘れがちな感謝の気持ち。
家族、恋人、友達、自分の周りにいて、支えてくれている人たちへ
の「ありがとう」を伝えられていますか?

もしも今、貴方に逢いたいと思う人がいるのなら、逢いに行ってほしい。

逢えないのなら、電話でもメールでもいい。
手紙でもいい。「愛してる」と、伝えてください。

―人を愛するということ。

広く、美しい空の下。

今日も大切な人を想い、未来におびえず一瞬一瞬を大切に生きていきましょう。
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